Thunderbirdの日記

桜梅桃李 鏡花水月

ある日の思ひ出 とし○う先輩 カンナくず編



引っ越し前の家の斜め前に、4歳上のとし○う先輩がいた。


中学を出て、そのまま外国航路の船員になった。


小さい頃から、いつも一緒に遊んでいた。


といろちゃんと呼んでいた。


家に上がると、タンスの引き出しに
「どろばろ」とマヂックで書いてあった。


その横に、ろくろ首の絵が書いてあった。


何だろうと思って聞いたら、泥棒が入って
タンスを開けようとしたときに、お化けの絵が
書いてあったらびっくりして逃げると、
本気で言っていた。


「どろばろ」を聞くと、普通に泥棒と発音する。


ひらがながよく分かってないことが分かった。


家は農家なので、畑から帰ってきたら、
真っ先に風呂に入るので、夕方から
五右衛門風呂を沸かす必要があった。


家の作りが独特で、風呂と炊事場が並んでいて、
居間との間を軽トラックや耕耘機が通れるようになっていた。
屋根は繋がっていて、玄関に入ると2.5m幅の通路が
裏庭まで繋がっている作りだった。


いつもは、新聞紙や薪を入れて沸かすが、
すぐ近所の大工さんから、カンナくずがいっぱいあるから
取りに来いとの連絡があった。


風呂のたき付けにするには最適の材料である。


二人で山のように貰ってきて、五右衛門風呂の
前に置いた。


通路いっぱいの山が出来た。


といろちゃんは、風呂の沸かし方を
教えてやると言って風呂に水を張った。


裏庭で薪を割った。


水がいい感じに溜まり、炊き口に薪を入れた。


そこへカンナくずをちぎって入れて
パイプマークの徳用マッチで火を付けた。


あっという間にカンナくずが燃えてしまうので、
薪になかなか火が付かなかった。


私が交代して,カンナくずを小さくちぎりながら
放り込んでいた。


といろちゃんは、急に何かに取り憑かれたように
元気になり、「おいがお手本ば見せてやる」と言って
交代した。


「カンナくずは紙と一緒で、燃えるのが早いけん
 もたもたしとっても風呂は沸かん」と言って、
ちぎらずに、繋がったままで炊き口に入れた。


最初は、中腰のままリズムよくさっさっさっと入れていた。


炎の勢いが増した。


といろちゃんのいごきが速くなった。


更に勢いが増し、山のように積んだカンナくずに
少しずつ火が近づいている。


といろちゃんの足下まで火が来た。


腰を軸にして、上半身が猛スピードで
左右に動いている。


急に「ウォーーッ」と雄叫びをあげて
胸を叩いた。


かっこいいと思った。


中腰のままだったので、腰が痛かったらしい。


その一瞬の隙が命取りになった。


中途半端なところで、気合いを入れたら
逆効果になることが分かった。


みるみるうちにカンナくずの山が燃え上がった。


しかも家の中である。


居間の障子が燃えた。


ぶさいくな飼い猫から威嚇された。


といろちゃんは、炎に包まれながら
まだカンナくずを入れようとしている。


そのとき畑からおかあさんが帰ってきた。


頭には日本タオルを巻いて、端っこを
口にくわえていた。


雑巾みたいな飼い猫が、おかあさんの
足下を猛スピードで走って外に逃げた。


見事なタイミングと光景だった。


燃え上がる音(ゴォーーッパチパチ)の向こうから、
悲鳴が聞こえた。


おかあさんは炎の中を突進し、
風呂の水を洗面器すくってばしゃばしゃかけた。


なぜかおかあさんは笑っていた。


一瞬で燃え上がったが、すぐ鎮火した。


真夏の夜の夢みたいだと思った。


といろちゃんはボンズ頭の髪の毛と
眉毛が全部燃えて、焦げ臭い異臭を
放っていた。


男らしいと思った。


おかあさんが帰って来なかったら、
家が全焼してたと思った。


残念なことに、風呂のお湯は沸いてなく、
消火するのに使ったので水も半分ぐらいになっていた。


薪も濡れて、火が付かなくなっていた。


カンナくずはおとろしいことが分かった。