ある日の思ひ出 ひ○お君の兄貴編
友人のひ○お君の兄貴は、とても無口だ。
名前は知らない。
機嫌がいいのか悪いのか分からないが、
いつも眉間にしわを寄せていた。
中学卒業後に、タンカー船の船員になり、
酒もたばこもしないので、日銭持ちだった。
免許を取った数日後に、GT380の新車を買った。
まだ、10Kmぐらいしか走ってない新車で、
海水浴に行くことになり、ひ○お君は、
後ろに乗せてもらって、私は自分のバイクで、
一緒に行った。
砂浜なので、駐車場も砂地だった。
初めて走る砂地にハンドルを撮られて、
何回か転びそうになりながら、
何とか駐車場の端っこに停めた。
ひ○お君が先に降り、兄貴はサイドスタンドを出して、
左側に降りようとしたが、バイクにまたがったまま
地面に水平に倒れた。
サイドスタンドは、砂にめり込むことが分かった。
私はそれを見ていたので、板を敷いて立てた。
無口な兄貴は、黙って引き起こした。
ひ○お君も手伝った。
大柄の二人で起こしたため、勢いが良すぎて
今度は反対側に倒れた。
ハンドルを握ってた兄貴は、引っ張られて、
バイクをまたいで、右側に飛び越えた。
無言で飛び越える姿はかっこよかった。
わずか12kmの走行で、左右に倒れ、
数カ所に傷が付いて砂をかぶった。
兄貴は無言のままだった。
ひ○お君は、顔面が引きつりながら、
出っ歯を出して笑っていた。
その歯が太陽のまぶしい光を反射した。
無言のまま、楽しく泳いだあと、
節約するために、100円のシャワーを
浴びずに駐車場に帰った。
バイクは立っていたが、バックミラーに
掛けていたヘルメットがなくなっていた。
兄貴とひ○お君は、無言でタオルを頭に巻き、
堂々と乗って帰った。
数日後に遊びに行った。
砂が引っ付いたところと、
海水が付いたところに錆びが出ていた。
転倒したときに、塩分が豊富に含まれた砂が、
まんべんなく引っ付いたのと、じゅたじゅたの
海水パンツと水中めがねなどに、海水が
引っ付いたまま乗って帰ったのが原因だと思った。
海水の破壊力はすごいことが分かった。
自宅に車庫はなく、近所の空き地に置いている。
手入れをしないと、すぐに錆びることが分かったので、
兄貴はカーショップからアーマオール
(プラスティックの艶出し剤)を買ってきた。
何でピカールとか錆び止めじゃないんだろうと思った。
説明書きを見ながら、シートとグリップに塗り込んでいた。
またがってみると、すべすべして
尻の座りが悪く、誠に乗りにくいと思った。
アーマオールはシートには
使わない方がいいことが分かった。
そこだけ異常にピカピカになった。
錆びたところは、農機具用のワイヤーブラシと
サンドペーパーで磨いた。
錆はきれいになくなり、同時にメッキも取れた。
ワックスも塗料もなく、放置されていた。
雨上がりに見に行ったら、
錆びてものすごいことになっていた。
数日後に兄貴は1年間の航海に出発した。
ひ○お君は、タンスの裏に隠してあった鍵を探し出した。
免許は原付を持っている。
目つきが変わった。
出っ歯は変わらなかった。
不気味に笑みを浮かべていた。
兄貴が1年後に帰ってきたときは、
少しデザインが変わり、ちょっと全体が
曲がったバイクになっていた。
手入れの仕方と鍵の隠し場所を間違うと、
大変なことになることが分かった。